マカダミアの歴史は、何千年も昔にオーストラリアの北東沿岸の熱帯雨林で始まりました。

ヨーロッパ人の移住以前、オーストラリアの先住民であるアボリジニは、2種類ある常緑樹の実を食べるために、グレートディヴァイディング山脈の東側の丘に集まりました。その2種類の実のうちの1つを「キンダル・キンダル」と名付け、現在ではその実はマカダミアとして知られています。その他にも、ブーンベラ、ジンディル、そしてバウパル等の呼び名も使われていました。

マカダミアはアボリジニにとって主食ではなく貴重なごちそうとして扱われており、見つけられる度に大切に保存されてきました。さらにマカダミアは部族間でも取引されており、儀式の際の特別な贈り物として、アボリジニのお祭りであるカラバリーで使用されていました。

アボリジニの女性は、マカダミアを器や手提げ袋に集め、祝宴場へと運んでいました。彼女達は、特別な刻み目を施された石を使い、殻を割っていました。ナッツの上に平らで刻み目のある石を置き、より大きな石でその上から叩いて均等な力を加えることにより、実が傷つくことを最小限に抑える工夫をしていたのです。

ヨーロッパの植物学者ウォルター・ヒルとフェルディナンド・ヴォン・ミューラーらがクイーンズランドの熱帯雨林に生えるその神秘的で美しい木々を発見する1850年代までは、実際にマカダミアの木が注目されることはほとんどありませんでした。

マカダミアの伝説

アボリジニは、マカダミアの起源に関する特別な伝説を信じていました。以下の文が、1993年の1月に、フレーザー島のバッチュラ族の長老であるオルガ・ミラーによって再び伝えられた伝説です。

バッファルの伝説

遥か昔、創世記の時代(ドリーム・タイム)に、私たちの伝令の神であるYindingieが山を去った時、ブッジラ族の人々は土地の見張りを決めなければならなくなりました。北の土地を見守るためにブラム・ヘッズに行く者と、インスキップ・ポイントで南の土地を見守る者が必要でした。山の見張りを決めるとき、誰もそのような遠い場所へは行きたがらなかったのですが、バッファルという男がその役目に名乗りをあげました。

バッファルが長旅に備えて荷物の準備をしている間、友達でありトカゲのジュエル・リザードは彼に気づかれないように鞄に忍び込みました。その後、バッファルは山までのとてつもなく長い距離の旅をして、遂に山に辿り着き寝床の準備をしていた時、小さなジュエル・リザードが飛び出してきました。バッファルは彼に「ここで何をしているのか?」と尋ねたところ、その小さなトカゲは「君と離れたくなかったから君に内緒でついてきた」と答えました。

ある日、バッファルは山で転んで足を怪我してしまい、食べ物も水も手に入れることができなくなってしまいました。ジュエル・リザードはバッファルの怪我に気づくと、ロック・ワラビーに助けを求めました。ロック・ワラビーは「彼に水を届けないといけない」と言いました。そこで彼らは、バッファルの水筒を持って水辺に行ったのですが、ロック・ワラビーは水を汲むことができませんでした。そこで彼らは水を入れてもらうために水筒をカンガルーの元へ持って行き、その水筒をバッファルに渡しました。

それからジュエル・リザードは「彼に食べ物も届けなければ」と言いました。ロック・ワラビーは「オウムに聞いてみよう」と言いました。そしてオウムはナッツを集め、バッファルが食べられるように、周りにばら撒きました。

その後ロック・ワラビーとジュエル・リザードは人間の助けが必要だと思い、火を起こし、オウムに葉っぱを集めてくるように頼みました。オウムはナッツの木から青葉を集め、煙を起こしました。煙を見た島の人々は、すぐにバッファルに助けを送りました。

人々はその出来ごとを知って、その山をバッファルの山と名付けました。人々はそのトカゲを見つけた後、バッファルのトカゲと名付けました。人々はそのナッツを見つけた際、バッファルのナッツと呼びます。

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